「何で自分が」と言わない父 若年性アルツハイマーになっても

父は6年前から若年性アルツハイマーを患っています。

だけど、「なんで自分が」と言いません。

どんどん出来ないことが日に日に増えていく病気です。

様々なことを忘れてしまいます。

本人も支える家族も大変辛い病気です。

辛い中、私や母が何とかここまで父を支えてこれたのは父の強さもあったのかなと思います。

 

「何でお父さんが」

 

私は父が若年性アルツハイマーを患っていると知った時、

「何でお父さんが」

と何百回、何千回も思いました。

「何で優しいお父さんが」

「みんなから好かれて真面目に家族のために働いてきたのに」

何を恨んだらいいのか分からない、やり場のない怒りや悲しみでいっぱいでした。

毎日、毎日涙が溢れました。

インターネットで病気について調べては落胆し、治療薬がない病気なのでどのように気持ちを保てばいいか分かりませんでした。

治らない病気だなんて、到底受け入れることはできませんでした。

家族全員が

「何でお父さんが」

と思っているのに、父は一度も言ったことがありません。

ただ、父も一度だけ

「俺は馬鹿になった」

と言いましたがそれ以来父が病気について話すことはありませんでした。

ほとんど言葉を話せなくなった今、二度と父から病気のことを聞く機会はないと思います。

父自身、ものすごい葛藤もあったでしょうし、私たちが見ていないところで涙を流したかもしれません。

でも家族にその姿を見せないでいられるのは、とても精神力がいることだと思います。

私や母が日に日に大変になっていく介護を何とか持ちこたえることができているのは、父の強さのおかげなのかなと最近思います。

 

もし若年性アルツハイマーじゃなかったら

 

私はこの病気が憎いです。

大嫌いです。

この世から根絶させたいです。

治療薬が出来てほしいと毎日願っています。

だけど最近、もし父が若年性アルツハイマーじゃなかったら、どんな世界が待っていたんだろうと想像することがあります。

きっと父は趣味に仕事に忙しく楽しい毎日を送っていたことでしょう。

母と沢山旅行に行けたかもしれません。

f:id:momofamily:20210414165216p:plainでも、病気になっていなかったら父と息子と三人でかけがえのない日々を送ることはできなかったと思います。

父は仕事が忙しかったので、毎日のように一緒に公園に行ったり、三人で動物園に行ったりすることはなかったと思います。

病気が父の記憶を奪っても、私と息子の中に父と過ごした楽しい日々はずっと残ります。

父の病気は私と息子の記憶までは奪えません。

だから絶対に忘れてなんかやるもんかと思います。

この病気が憎い。

大嫌い。

だから私は絶対に忘れないでいようと思います。 

f:id:momofamily:20210414165625p:plain

 

↓ポチっとして頂けると嬉しいです。

にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村