一歳半検診⑨ 息子の自閉症が判明するまで

f:id:momofamily:20210618110203p:plain

 

f:id:momofamily:20210618110228p:plain

 

f:id:momofamily:20210618110245p:plain

 

f:id:momofamily:20210618110317p:plain

 

療育を受けられるかもしれない。

 

 

そうすれば、英太のパニックが少しは落ち着くかもしれない。

 

 

そんな希望を抱いていた。

 

 

でも、実際は療育園は希望者がいっぱいで、すぐに入れる状況ではなかった。

 

 

それでも、英太にしてあげられることはしてあげたい。

 

 

出来る事があるなら、やりたい。

 

 

他に療育施設があるなら通いたい。

 

 

そう思っていたけど、保健師さんから今の段階では様子を見るしかないとの説明を受けた。

 

 

私に出来ることは、何もないのだろうか、、、

 

 

様子を見るしかないと言われたけど、「療育」という言葉を知った以上、

 

 

私は諦めることが出来なかった。

 

 

どうしても英太に療育を受けさせたい。

 

 

とにかく今の自分に出来ることはないか、調べることから始めた。

 

 

(次回に続く)

 

 

そして、一つだけ補足です。

 

 

本当に恥ずかしいのですが、

 

 

上の文章には「英太のために療育を受けさせたい」と書きましたが、

 

 

この頃の私は

 

 

「療育を受ければ、英太がみんなに追いつけるかもしれない。

 

 

遅れを取り戻せるかもしれない。

 

 

普通に戻れるかもしれない。」

 

 

そんな気持ちでいました。

 

 

英太の発達障害を、真正面から受け止める事ができずにいました。

 

 

療育を受けることで、改善したり、出来るようになることは増えるかもしれないけど、

 

 

障がいが治ることはないのに。

 

 

英太に療育を受けさせたいという動機を突き詰めたら、

 

 

そんな感情が根底にあった事を思い出しました。

 

 

私はきっと英太に出会わなかったら、ずっと

 

 

「普通でいたい。みんなと同じがいい」

 

 

と思い続けていたのだろうなと思います。

 

 

英太は私に

 

 

「みんなと同じじゃなくていい。

 

 

僕は僕で素敵なものをたくさん持ってるから。」

 

 

「みんな違って、みんないい」

 

 

という事を教えてくれました。

 

momofamily.net

 

 

私は「みんな」や「普通」に囚われ過ぎていて、

 

 

「自分」というものや「個性」というものを見失っていたんだと思います。

 

 

 

「みんな」や「普通」というカテゴリーの中にいる一人一人はよく見ると違うものなのに、

 

 

英太に出会う前の私は、物事を「みんな」と「そうでないもの」

 

 

「普通」と「普通でないもの」の二分化して見てきました。

 

 

そして「みんな」と「普通」が善で「そうでないもの」と「普通でないもの」を悪と決めつけていました。

 

 

だから、みんなと同じじゃない=悪いことだから、みんなと同じが良かったのだと思います。

 

 

そんな私に英太は

 

 

みんな違ってみんないい

 

 

という事を教えてくれました。

 

 

 

英太から、「違い」は批判するもののではなく、「認め合う」ものだいう事を教えてもらいました。

 

 

何かを批判することが減ったら、私は好きなものがたくさん増えました。

 

 

英太には、協調性や社会のルールを守る事は前提ですが、普通やみんなに囚われず、英太らしく成長していってほしなと思っています。

 

 

私も英太と共に、普通に囚われず、自分らしく英太と共に人間として成長して行けたらなと思います。

 

 

↓ポチッとして頂けると嬉しいです

にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ
にほんブログ村

 次のお話

momofamily.net

 

 前回のお話↓

momofamily.net

 

 発達障害かもと思い始めた頃

momofamily.net

 

一歳を過ぎた頃

momofamily.net

 

赤ちゃんの頃

momofamily.net